松坂

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夫が「松坂へ行こう」と言いますので
「あぁ、日本百名城が目的だな」
「本居宣長?どんな人だったっけ?」
という調子で、でも風景印をもらうための葉書だけは
しっかり作ってついて行きました。
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ここも石垣が残されているのみですが
柵などは作られていませんでした。
この傾斜じゃあ、敵はよじ登ってこられないなと
覗き込みましたら、用心深い夫はしきりに
「危ない!アブナイ!」と呼び止めます041.gif
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12月も半ばを過ぎていますから
木々の枝も葉っぱ一枚ありませんが
私はこの枯れ枝の風情も好きです。
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さて、本居宣長記念館では、係の方の説明の面白いこと!
宣長について「もっと知りたい!」という思いに駆られました。
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例えば、この地図は宣長が17歳の時に描いたものだそうです。
伊能忠敬のように、実際に測量して描いたわけではなく
お伊勢参りに来る人たちに「どこから来ましたか」
「どんなところを通りましたか」「それは何日かかりましたか」
というようなことを聞き出して、それで推測して描いたのだそうです。

また50音の「お」を最初に「を」を最後に並べたのも宣長だそうです。
私はてっきり「いろは」のほうが先にあったのだろうと思ったのですが
いろは・・のほうが後から考えられたのだそうです。

「地球」はどうして球という字を使うのだろうかとか
いろんなことに「なぜ?」「どうして?」と考えたそうです。

本業は医者で、夜は勉強の虫と化したそうです。
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宣長が勉強した部屋は四畳半で、愛したという鈴も飾ってありました。
勉強中に眠くなったら鈴が鳴るようにしておいたとか
疲れたら鈴を振って音を楽しんだとか言われているようです。
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そのようないわれから松坂市のマンホールは鈴がデザインされ
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風景印にも鈴の絵が描かれています。
あとは宣長の古事記伝、城跡がデザインされています。

鈴の形は普段目にするものと違っていますが
これは驛鈴と呼ばれるものだそうです。→こちら
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お城の石垣のすぐ下に、御城番屋敷(ごじょうばんやしき)と呼ばれる長屋があります。
ここには今も人が住み続けておいでですが
一軒だけ公開されていて中を見学できます。
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小津安二郎青春館は無料で見学できます。
先日「鶴瓶の家族に乾杯」で放送された直後から
来館者が増えたそうです。

出かける前は、夫について行くって感じでしたが
とっても楽しかった松坂観光でした。
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by kyo-ko5 | 2016-12-19 23:04 | お出かけ | Comments(2)

Commented by なお at 2016-12-21 21:36 x
母の実家が松阪で、私は松阪で産まれました。
なのでとても懐かしいです。
今も叔母が松阪にいるので
来年こそは会いに行くからねって
昨日電話したばかりでした。

本居宣長の地図
人の話を聞いただけで
これだけの地図が書けるなんて凄いですね。
感動しちゃいました!
Commented by kyo-ko5 at 2016-12-21 22:11
なおさん、おぉ~~そうなんですか!
行ってみるまで松坂の知識が「松坂牛」くらいしかなくて
お恥ずかしい限りです。

とても素敵な街でしたし
御城番長屋に、今も住み続けておいでの方が
とても上品な方で好感度UPでした。

本居宣長の地図は、お伊勢参りの人の話を聞いて
人は一日に大体どのくらいの距離を歩く
だからこの町とこの町の距離はこのくらいだ
などということを推測して書いたんだそうです。
正確さに驚きますよね!