真田に関してあれこれ

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今日は何も予定がない日だったので
たまった用事を片付けるつもりでしたが
朝早く電話が鳴り、孫が発熱して保育園を休むので預かってほしいと・・
その瞬間から孫と過ごす一日に変更されました。
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それはさておき、旅行の報告を楽しみにしていると
複数の方が言って下さるので、がんばって更新いたします。

栃木県佐野市にあるこの薬師堂が車の前方に見えたとき
胸が震えました。

真田父子が、一族の血を絶やさぬため
徳川と豊臣に別れることを決断した、あのお堂です。
おりしもその日は日曜日で、
町の有志の方がお堂を開放しておいでになり
中まで入れてくださって、お話を伺うことができました。
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そういう方は総じて歴史の好きな方のようで
「どちらから来られました?」
「愛知県小牧市です」
「え?!あの小牧長久手の戦いの?!」
と、歴史談議が弾みます。
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お堂の前には、真田父子が左右に分かれて行ったという
「別れ橋」のあともありました。
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話は突然、和歌山県の九度山に飛びますが
八月の終わりに九度山の「真田庵」に行きました。
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これが、雷を閉じ込めたと言われる井戸です。
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これは大阪城へ通じていたのではないかと言われる抜け穴ですが
実際は、古墳だったとか・・・
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町の電柱には、真田十勇士の絵を貼ってあり
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民家の軒先には、赤い兜と、真田十勇士の名前を書いた短冊があります。
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電車もバスも、赤くペイントされて
九度山は真田カラーに染まっていました。

そんなこととリンクして、
薬師堂での感動につながったのではと思いました。
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ところで九度山では、この旧萱野家を訪れて
「大石順教尼」という人を知りました。
17歳の時、養父の狂刀で両腕を切り落とされましたが
その後結婚をし、子供を産み、離婚された後は
筆を口にくわえて沢山の絵を描き残されました。
その絵が旧萱野家に展示してあります。

口に筆を加えて絵をお描きになる方は
ほかにもおいでになりますが
両腕がないと生活のすべてに人手を借りなければならないのに
結婚、出産をされたということのほうに
私は大いに関心を持ちました。
自叙伝を売っていたので、買ってきて読みましたが
私たちはわずかなことで失望したり、諦めてはいけませんね。
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最後は九度山のマンホールです。
九度山は柿の産地でもあるようで
今頃里山はオレンジ色に染まっているでしょうか。

一番上は佐野のマンホールです。
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by kyo-ko5 | 2016-10-25 23:12 | お出かけ | Comments(0)